2011年4月19日火曜日

福島県いわき市について

南坂です。
4月8日に福島県いわき市で活動した事について、基本的にはツイッター上にて@na0kio416というアカウントにて現地報告をリアルタイムをしていましたが、遅ればせながら纏めさせて頂きました。
いわき市での活動の大まかな概要としましては、現地の二箇所の幼稚園への物資支援、原発に近い距離での自宅避難者の支援、置き去りにされる事を余儀なくされた動物達の救出を、ガイガーカウンターを用いての放射線量を測定しながら行いました。

HUMAN RECOVERY PROJECTとして色々な被災地域に行きましたが、福島県は津波の被害は勿論あるのですが、それ以上に原発による被害が大きい事というのが印象です。

まず我々が向かったのはいわき市勿来のカトリック幼稚園、小名浜の愛宕幼稚園という二箇所の幼稚園です。
この幼稚園二箇所に関しては避難所になっている訳では無いので、子供用のおもちゃを主とする物資を持って行ったのですが、幼稚園自体は津波の被害を受けている訳では無いので、そこまで困窮しているという状況では無いというのが正直な個人的な感想でした。
しかし地震という面での恐怖を体感してる人は多く、子供達も地震が来ると泣き出す子もいたりするというお話を聞きました。
更には子供によっては家を無くしてしまっている子も少なからずいるとの事でした。
ここではそういった子にお預けしたおもちゃで遊んでもらえる事を願って物資をお渡ししました。

次に向かったのが、いわき市中央台南小学校という所です。
物資に関しては基本的な食料や飲み物に関しては足りているで、娯楽用品となる物を主にお渡ししました。
ここで一つ生じた問題があったのでその点に関して触れておくと、物資の中にニンテンドーDSというボータブルゲーム機がありました。
しかし、ゲーム機本体だけでゲームソフトがありませんでした。
付近で営業していたお店でカンパ金を遣わせて頂き、ソフトを購入しお渡ししましたが、ゲーム機だけでも非常に有難いとは思いますが、実際の所生殺し状態になってしまうという事で、そういった物資を支援頂く際には極力何かソフトも付けて頂けると喜ばれると思います。
この小学校で避難されている方というのは福島第二原発から20km圏内の楢葉町という地域の方なのですが、ここで聞いたお話が個人的には凄く印象的でした。
一見した感じ子供よりも老人の方が多くいらっしゃる印象を受けたのですが、お話を聞くと小さい子供がいるような方は県外や姉妹都市に避難しているとの事でした。
老人はなぜ同じように避難をしないのか…理由は出来る限り地元を離れたくないからです。
偏見である部分もあるかもしれませんが、生まれてからずっと楢葉町で育った方もいれば、人によっては定年後ののんびりとした生活を求めてその辺りに住んでいらっしゃった方もいるのかと思います。
中には家を無くした方もいるとは思いますが、そうでは無い方もここでは多数います。
家もあり、中には動物も家に置いてきてしまった方もいるでしょう。
そして避難所となっている場所も後には出て行かなければいけない状況になると思われます。
そうなれば帰る家があるにも関わらず、動く事でさえ一苦労というような老人が仮設住宅なりを探さなければいけない状況も生まれてくる事が予想されます。
この状況に関して個人的には原発に対してより一層怒りを覚えたという気持ちで、凄く心が動かされました。

そして次にいわき市の楽寿荘という介護施設に向かいました。
ここでは女性用の下着や生活用品を主にお渡ししましたが、やはりここでは大まかな物資に関しては足りているような状況のようでした。

物資に関してここで簡単に纏めさせて頂くとどこも避難所としては物資は足りているというような状況でした。
しかし、それは避難所という場所に集荷されている物資は十分にあるかもしれませんが、居住者である方達全てに行き届いてないという事が分かる出来事がありました。
最後にとある地点(詳しい場所名に関しては忘れてしまいました…すみません)で物資をお預けしようとした時に、その近隣で自宅避難されている方が我々に「水はありませんか?」と声を掛けてきたのです。
南相馬市でも同じような状況がありましたが、避難所としては物資はありますが、こういった自宅避難されているような方には物資は行き届いていないのです。
行政側としては必要な物資を平等に配給しなければいけないというような事を言っていましたが、その方の話を聞くと十分に水を必要としている方と判断出来るような状況でした。
我々は残っていた物資をお渡ししましたが、行政としては「公平の原則」とやらで、勝手に配給してはいけないとの事です。
これはいわき市に限らずほとんどの避難所に関して言える事ですが、水等の物資に関しては受け入れをしてもらえません。
しかしこういった方が出てくるのはどういう事なのか…単純に配る人手が足りないの一言で済ませる事では無いのではと個人的には思います。
行政側がそういった対応であるならば、我々のような活動をしている者でこういった方達を対象をした支援を行う必要があると再認識しました。

ペットに関してですが20km圏内を含め、自宅に人がいない所でも確認出来る地点ではほとんどの家でご飯等をあげている様子で少し安心しました。
家から離れようとしないペットも数多くいますが、中には放浪犬とでも言うべきか、ふらふらと歩き続けているようなペットも何匹か見かけました。
保護を求められているペットなのかどうかという点についてこちらとしても難しい部分が多いので、ご飯をあげるくらいに留まりますが、中には津波により家、飼い主を無くしてしまった動物もいるかもしれません。
避難所の生活者であり自宅にペットを置き去りにされる事を余儀なくされているが、一時的にご飯をあげたり、世話を定期的にしている方にはそういった家庭用の首輪や目印になる物の支給を行うなど行えばどうかと思います。
そうすればこちらとしてもそういった保護するべきペットもわかりやすく、こちらも動物の保護をするといった活動も出来るのでは思います。
最終的に残ったペットフードに関しては福島県いわき市のライブハウスソニックにて委託させて頂きました。
ありがとうございます。

放射線量に関してですが、基本的な経路としてはいわき市から原発方面に向け沿岸部を極力北上していく形で進みました。
やはり福島第二原発に近づくに連れて、放射線量は右肩上がりという状況でした。
福島第二原発から20km圏内に入る地点にはバリケード+場所によっては警察が立っていて進入を警告するような状態でした。
我々は20kmに入れるようなルートから進入し、動物や人がいないかを確認しながら進みました。
最終的な地点としては12.9km地点まで進みましたが、ここでの折り返しを判断しました。
理由としては信号一つ、極端に言えば一歩進む毎に明らかに数値が変わっている事がガイガーカウンターに表示される数値よりわかったからです。
更には原発作業員と思われる人たちが乗っているバスが我々の横を通過しました。
その風貌は全身白の防護服にゴーグル、専門的なマスク…この姿+数値の異常な急上昇にこれ以上先に進むのはただただ自分達の身を危険に晒す狂気者だと判断し、折り返す事を決断しました。
詳しい放射線量は同サイトの4月15日記載の文面にて当日ツイッターにてリアルタイムに報告した物が纏められていますので参照ください。
前日に震度6の余震があり、更には風向きにより数値の変化もありますが、危険に晒される可能性が原発に近づけば近づく程大きくなる事がわかります。

そして最終的な纏めになりますが、福島県の色々な地点を見た感想としては他の地域に比べて少し活気が無いように感じました。
その理由として簡潔に述べると原発があるからです。
地元の人からは反感を買う部分もあると思いますが、福島県での被災地域に関しては自衛隊やボランティアの数も少なく街の様子もゴーストタウンを思わせるような雰囲気です…これも原発による風評被害の影響でしょう。
他の地域に関しては今後の復興に向け、自分達が頑張ればと活気に溢れている印象です。
しかし原発の影響により避難している地域は、復興しようにも自分達ではどうにも出来ず先も見えない絶望感…これは推測ですが飯舘村で発見された自殺者もおそらく原発による影響でしょう。
我々は完全なる原発否定者です。
原発を推進するので現地の方の悲痛な声、状況一度見てもらいたいと思います。
その上でも推進をするのであれば理由を是非教えて頂きたい。
その理由がどこまで納得させられる話であるか…どちらにしても人道的な部分を疑う結果になると思いますが…。
風評被害もあるので念を押しておくと、恐れを抱く気持ちもわかりますが、少なからず避難対象になっている地域以外に関しては一部を除き、数値はそんなに過敏な反応するような数値ではありません。
それも我々の報告を見て頂ければわかると思いますので参照下さい。

以上乱文であり説明不十分な部分もあると思いますが、質問や意見、活動参加や気になる事があれば同サイトのコメント部分やツイッター上にてお声掛け頂ければ、対応させて頂くつもりですので宜しくお願い致します。

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